大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 平成3年(ネ)124号 判決

控訴人

澤口勉

右訴訟代理人弁護士

田中健二

田村智幸

被控訴人

北海道

右代表者知事

横路孝弘

右訴訟代理人弁護士

山根喬

右指定代理人

寺田鉄司

外七名

主文

一  控訴人の当審における新請求を棄却する。

二  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1(当審における訴え変更後の新請求)

被控訴人は控訴人に対し、別紙図面赤線上に築造されたコンクリートブロック塀(高さ1.24メートル、幅0.15メートル、長さ84.54メートル、以下「本件塀」という。)を撤去して同図面のイ・ロ・ハ・イの各点を順次直線で結んだ範囲の土地(以下「本件係争地」という。)を明け渡せ。

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被控訴人

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  藪合名会社は大正八年八月二三日、後記昭和二二年一〇月の分筆前の札幌市中央区北一条西一八丁目一番二一号の土地(以下「分筆前一番二一の土地」という。)を取得してこれを所有しており、これに隣接する別紙物件目録二記載の土地(以下「一番一の土地」といい、その分筆前の土地を「旧一番の土地」という。)は北海道地方費が所有していた。

2  分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界は別紙図面イ・ハの各点を直線で結んだ線(以下「イ・ハ線」のようにいう。)であり、本件係争地は分筆前一番二一の土地に含まれていたところ、分筆前一番二一の土地は昭和二二年一〇月二七日、分筆の結果、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)となったものであり、その範囲は本件係争地に該当する。

なお、被控訴人主張の藪合名会社と北海道地方費との間で昭和六年八月三一日になされた協定は、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界を確定する効力を有しない。

3  本件土地については、藪合名会社から昭和三三年八月二二日山口智へ売買により所有権が移転し、同年一一月一四日所有権移転登記が経由され、以降新沼孝允、永易昭一、宮下弘、松田ヨシエ、福本通良へと順次所有権が移転し、各所有権移転登記が経由されていたところ、昭和六三年九月七日、控訴人が福本通良から売買によりこれを取得して同月一七日所有権移転登記を経由した。

4  被控訴人は本件係争地内の別紙図面ロ・ハ線付近に本件塀を構築し、本件係争地を占有している。

5  よって、控訴人は被控訴人に対し、所有権に基づき、本件塀を撤去して本件係争地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被控訴人の主張

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

仮に本件係争地が分筆前一番二一の土地に含まれていたとしても、旧一番の土地の所有者であった北海道地方費は、旧一番の土地と分筆前一番二一の土地については本件係争地を含む台形状の土地部分が重複地となっていたことから、藪合名会社立会の上、昭和六年八月三一日、右重複地を別紙図面ロ・ハ線で二分してこれを境界線とし、これより南側部分を分筆前一番二一の土地とし、北側部分(本件係争地はこれに含まれる。)を旧一番の土地とする旨の協定(以下「本件協定」という。)を締結した。

本件協定は北海道地方費財産取扱規程(大正一三年北海道庁訓令第八二号、以下「地方費規程」という。)二八条による境界査定であり、右境界査定は官有地と民有地の境界を確定する行政処分であって、右査定処分が確定している限り、当該民有地所有者及びその承継人はこれと異なる境界を主張しえないから、旧一番の土地と分筆前一番二一の土地の境界は別紙図面ロ・ハ線と確定されている。したがって本件係争地は旧一番の土地の一部であり、本件土地に該当しない。

3  同3中、控訴人主張の各所有移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。

4  同4は認める。

三  抗弁

1  仮に本件係争地が本件土地にあたるとしても、藪合名会社は本件協定によりその所有権を放棄して北海道地方費の所有とすることとした。

2  被控訴人は昭和二一年一〇月五日、北海道地方費から本件係争地を一番一の土地として承継した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

五  再抗弁

仮に抗弁事実が認められるとしても、被控訴人は本件土地につき所有権移転登記を有していないから、控訴人に対抗しえない。

六  再抗弁に対する認否

争う。

七  再再抗弁

本件土地の登記簿上の前所有者であった松田ヨシエは、同土地が登記簿上のみのもので実在しないことを知っており、控訴人は松田ヨシエからその事実を知りながら取得した者であるから、背信的悪意者として被控訴人に対して対抗要件のないことを主張しえない。

八  再再抗弁に対する認否

再再抗弁事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(藪合名会社がもと分筆前一番二一の土地を所有し、これに隣接する旧一番の土地を北海道地方費が所有していたこと)、請求原因2の事実中、藪合名会社から昭和三三年一一月一四日に山口智へ所有権移転登記が経由され、以降新沼孝允、永易昭一、宮下弘、松田ヨシエ、福本通良へと順次所有権移転登記が経由され、昭和六三年九月一七日に控訴人が所有権移転登記を経由したこと、請求原因4の事実(被控訴人が本件係争地内の別紙図面ロ・ハ線付近に本件塀を構築し、本件係争地を占有していること)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二証拠(〈書証番号略〉、原審における控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

1  分筆前一番二一の土地の来歴

分筆前一番二一の土地(旧土地台帳上の表示は字北一条西一八丁目一番ノ二十一号)については、旧土地台帳上、面積一反二畝一七歩三合五勺(地目市街宅地)とされ、明治二三年七月一一日、藪惣七が所有主として記載されているのが最も古い記録であり、その後同土地の面積は、四反一七歩(地目畑に変更)、四反一五歩、七畝二七歩(明治四一年四月分裂)、四反一五歩(大正三年五月合併)、二反三畝二二歩(同月同所一番ノ二〇六合、一番ノ二〇七号を分割)、七六二坪三合七勺(地目宅地に変更。なお、この約五〇坪の面積増加は控訴人主張のとおり換算の際の違算によるものとも考えられるが、判然としない。)、八九七坪三合七勺(昭和二二年一〇月分筆)、六九坪七合一勺(同月分筆により本件土地となった。)とされたところ、平方メートルに書替により230.44平方メートルとなり、現在に至っている。

藪合名会社は分筆前一番二一の土地を売買により取得して大正八年八月二三日に所有権移転登記を経由し、次いで山口智は分筆後の本件土地を売買により取得して昭和三三年一一月一四日に所有権移転登記を経由した。

2  一番一の土地の来歴

旧一番の土地(旧土地台帳上の表示字西一八丁目一番)については、二葉の旧土地台帳が存在し、その一には面積一〇反六畝七歩二合四勺(地目農事講習所敷地)、明治四四年三月七日、所有主を北海道庁とする所有権保存登記の旨記載され、その二には面積八一六坪三合五勺(地目宅地)、その後二反七畝六歩(地目官舎敷地)となり、所有主を内務省とする所有権保存登記(登記年月日欄空欄)の旨記載されている。

登記簿上、旧一番の土地は、二反七畝六歩(地目官舎敷地)とされていたが、平方メートルに書替により二六九七平方メートルとなり、昭和四三年二月、地目宅地に変更により2697.52平方メートル、同年一一月錯誤により2696.47平方メートルとされたが、同月同所一番四五、次いで昭和五三年一〇月同所一番五一を分筆した結果、一番一の土地は2604.98平方メートルとされて現在に至っている(〈書証番号略〉によると、一番一の土地の実測面積はこれより少ない2543.73平方メートルである。)。

北海道地方費は、大正一三年七月六日交換により国から旧一番の土地を取得し、同年九月一九日に所有権移転登記を経由し、被控訴人は昭和二一年一〇月五日承継によりこれを取得し、昭和四三年一月一一日に所有権移転登記を経由した。

3  本件協定の経緯

大正一一年一一月ころ、当時の関係資料をもとに付近一帯を調査した結果、〈書証番号略〉のとおり、分筆前一番二一の土地の北側と旧一番の土地の南側は境界が互いに他の土地に侵入する形となっており、東側辺2.23間、北側辺46.48間、西側辺2.00間、南側辺約四七間の細長い四角形状の重複地が生じていることが判明した(このような重複地が生じた原因は証拠上明らかでない。)。この処理について協議した結果、昭和六年八月三一日、当時の北海道庁内務部長と藪合名会社代表社員藪秀二との間で、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界を前記四角形状の重複地の北西端点と南東端点(分筆前一番二一の土地の南東端点から北方向に12.2間(22.17メートル)、旧一番土地の北東端点から南方向に14.80間(26.90メートル)の位置)を直線で結んだ線とし、これより北側部分を旧一番の土地、南側部分を分筆前一番二一の土地とする合意が成立し(本件協定)、その旨記載された図面(乙第五号証)が作成され、右各点には標杭が打たれた。

(右乙第五号証を現況(別紙図面)に対照すると、本件協定により境界とされた線は別紙図面ロ・ハ線に該当するから、本件協定では本件係争地は旧一番の土地に属するものとされたことが明らかである。)

4  公図

公図(乙第一一号証中の添付図面)上、本件係争地は一番一の土地の一部とされている(一番一の土地の南側境界線の形状、東側境界線の距離関係の記載から明らかである。)。

5  占有の経緯等

本件協定前の本件係争地の占有状況は証拠上明らかではないが、本件協定後は、本件係争地は旧一番の土地の一部として北海道庁が北海道地方費に属する官舎敷地として管理し、被控訴人がこれを承継取得して後も官舎解体まで同様に使用されていた。その後昭和五四年一〇月ころ、被控訴人は本件塀を設置し、本件係争地を北海道立近代美術館の駐車場として管理使用し、現在に至った。

藪合名会社は本件協定後、本件係争地につき所有権を主張したり同土地を占有したことはなかったが、昭和二二年一〇月、分筆前一番二一の土地から札幌市中央区北一条西一八丁目一番三四の土地ほか六筆の土地を分筆したうえ、これらを斉藤周藏ほかに順次売却した。本件協定にしたがえば分筆後の残地である本件土地はほとんどないはずのものであった(〈書証番号略〉によれば、同所一番三四の土地の東側境界線の距離は22.182メートルであり、同土地の北東端点は別紙図面ロ点とほぼ一致するから、本件土地はほとんどないこととなる。)。

しかし、本件協定後これに沿う分筆・合筆等の登記簿上の処理がなされなかったため、登記簿上本件土地は面積230.44平方メートルを有するものとされていた(前記1のとおり、約五〇坪の面積増加が換算の際の違算によるとすると、その誤りも引継がれていることとなる。)ところ、前記のとおり、藪合名会社は、昭和三三年八月二二日、山口智に本件土地を売却した。

山口智をはじめとして、その後の本件土地の登記簿上の所有者である新沼孝允、永易昭一、宮下弘、松田ヨシエ、福本通良及び控訴人は、いずれも本件係争地を占有、使用したことはない。

三控訴人の本訴請求は、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地との真実の境界は本件協定による別紙図面ロ・ハ線とは異なり、同図面イ・ハ線であること(すくなくとも本件係争地の一部は分筆前一番二一の土地に含まれていたこと)を前提とするものであるから、この点について検討する。

1  前記乙第四号証によると、分筆前一番二一の土地の面積は前記重複地を含めると当時の土地台帳上の面積である二反三畝二二歩(七一二坪)が確保され、同号証上は旧一番の土地の周囲の境界線の記載が明確でないことは控訴人の指摘するとおりである。

しかしながら、前記認定事実からすれば、大正一一年一一月ころの調査の結果、当時の関係資料をもとに分筆前一番二一の土地と旧一番の土地を現地に復元したところ、乙第四号証記載のとおり両土地の重複地が生じることが判明したのであるから、右乙第四号証が分筆前一番二一の土地に重複地が含まれるべきことを根拠付けるものでないことは明らかである。現に、右乙第四号証をもとに、前記認定のとおり、本件協定により当時の右両土地の各所有者がその境界(所有権の範囲)を別紙図面ロ・ハ線と合意したのも、当時の関係資料からはその真実の境界を一義的に確定することができなかったからにほかならない。また、前記分筆前一番二一の土地の来歴のとおり、同土地は面積に増減変動があった後、大正三年五月に同所一番ノ二〇六号、同所一番ノ二〇七号を分割した残地であることやその間の測量技術の水準からして、乙第四号証が作成された大正一一年一一月当時において、旧一番の土地の面積確保を考慮せずに分筆前一番二一の土地についてだけ当時の公簿面積七一二坪を確保すべく前記重複地全部が分筆前一番二一の土地に属するとするのが相当でないことは明らかである。

2  そして、本訴においても、提出された関係証拠を精査しても分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の真実の境界が別紙図面イ・ハ線であると認めることはできないばかりか、右両土地の境界が形成された経緯も必ずしも明らかでなく、前記のような重複地が生じるに至ったのが基点の特定の誤りによるのか、測量技術の精度の相違によるのかその原因も確定できない。

結局、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界は、その境界形成時点では明確であったとしても、現在においてはこれを客観的かつ精確に認定し得る資料は存在しないというほかなく、本件係争地の全部または一部が分筆前一番二一の土地に属していたと認めるに足りる証拠もないといわなければならない。

3  被控訴人は、本件協定は地方費規程二八条による境界査定であるから、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界を別紙図面ロ・ハ線と確定する効力を有する旨主張する。

しかし、地方費規程二八条所定の境界査定は国有財産法(大正一〇年法律第四三号、国有財産法(昭和二三年法律第七三号)附則四七条により廃止。以下「旧国有財産法」という。)一〇条以下所定の境界査定とは異なり、その法律上の根拠が不明であること(この点は被控訴人も自認し、また当時旧一番の土地が旧国有財産法所定の国有財産ではなかつたことも被控訴人の自認するところである。)からすれば、地方費規程二八条による境界査定に旧国有財産法所定の境界査定と同様の効力を認めることには疑問の余地がある。地方費規程二八条によれば、境界査定をした当該部局長は「査定図」の謄本のほか同条所定の事項を記して長官に報告すべきものとされているところ、前記乙第五号証は「境界調査図」と題されており、同号証中の記載文言には被控訴人主張の境界査定の趣旨と看取できるものもないことからすると、本件協定は土地所有権の範囲についての当事者間の合意(現行国有財産法の定める境界確定の協議に類するものと見ることはできる。)にとどまるものと解される。そうすると本件協定をもって地方費規程二八条所定の境界査定がなさたれものと認めることはできないが、少なくとも境界確定のための公法上の契約が結ばれたということはできる。(被控訴人の再再抗弁の趣旨が、右契約の存在を知ることによりこれに反する主張はなしえない旨を含むものとすれば、公法契約の性質及び信義則上控訴人はこれに反する主張をなしえないものというべきである。)

4  以上からすれば、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界すなわち本件土地と一番一の土地の境界が別紙図面イ・ハ線であると認めることはできず、本件係争地が本件土地に含まれるとの控訴人の主張は、証拠上これを認めるに足りないというべきである。

なお、念のため付言すると、前記のとおり、分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の境界すなわち本件土地と一番一の土地の真実の境界を客観的かつ精確に認定し得る資料は存在しないから、その境界は境界確定訴訟により形成的に確定するほかないものであるが、当裁判所は、右境界を形成的に確定するとしても、前記認定のとおりの経緯で本件協定が締結され、別紙図面ロ・ハ線を分筆前一番二一の土地と旧一番の土地の所有権の範囲の限界とし、これに従い被控訴人は本件係争地を長期間にわたり占有して現在に至っていること、本件協定による境界は前記重複地を直線でほぼ二等分するもので、これによるときは境界線の性状及び各土地の形状も簡明であり、その配分方法も公平に適うこと(前記認定のとおりの右各土地の公簿面積の変遷の経緯からすれば、現在または過去の一時点における公簿面積比率で配分するのは必ずしも合理的ではない。)からして、別紙図面ロ・ハ線をもって本件土地と一番一の土地との境界とするのが相当と判断する(この結果、実際には本件土地として確保される部分がほとんどなくなるとしても、前示の経緯によるものであるから、なんらの不合理はない。)。したがって、本件土地と一番一の土地の境界が形成的に確定されるとしても、本件係争地が控訴人の所有に属すると認める余地はないというべきである。

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の当審における新請求は理由がない。

四よって、控訴人の当審における新請求を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官仲江利政 裁判官河合治夫 裁判官髙野伸)

別紙物件目録

一 札幌市中央区北一条西一八丁目一番二一号

宅地 230.44平方メートル

二 札幌市中央区北一条西一八丁目一番一

宅地 2604.98平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例